「バランスよく食べなさい」「1日30品目食べなさい」「たくさん食べると大きくなれる」「少食で健康になれる」「肉は日本人の腸に合っていない」「肉を食べないと痩せてしまう」「生野菜や果物が良い」「生の食べ物は体に良くない」などなど。世の中には何も食べずに生きている人さえいます。
食べ物の選び方については様々なことが言われていますが、どれが正しいのか分かりません。それぞれの話に耳を傾けると、それらしく聞こえるため混乱してしまいます。
私たちは毎日、いったい何を食べて生きていけばいいのでしょうか。
私の偏食歴
選択肢がたくさん並んでいるとき、私はどうも奇抜なものを選んでしまうようです。
以下は私の主な偏食歴で、期間が重なっているものもありますが基本的には項目ごとに別の時期の食生活です。時系列は上から下に進み、一番下が最新です。
- タンパク質と炭水化物を一緒にとらない
- 朝食は果物のみ
- 食品添加物が含まれている食品を一切口にしない
- 動物性食品を一切口にしない(ヴィーガン)
- 生野菜や生の果物など、生の食べ物だけを食べる(ローフード)
- 果物だけを食べる(フルータリアン)
- 一日一食(少食)
- 大根・人参・長芋をすりおろしたものと、塩、生の玄米のみを食べる(甲田療法)
- 麦飯と具なし味噌汁のみ
- 白米、オリーブオイルorフラックスシードオイル(そのまま飲む)、プロテイン、マルチビタミン&ミネラル
- 麦飯と生卵、マルチビタミン&ミネラル ←今ここ
食の選択肢が多すぎる
とあるゲーム内での食事は三択
昔遊んだゲームの話をします。
ゲーム内の食事には「まずいご飯」「ふつうのご飯」「おいしいご飯」の三種類だけがあって、毎日どれかを買って食べる必要があるのですが、お金がない初期は「まずいご飯」しか買えません。日々の収入のほとんどが「まずいご飯」代に消えていきます。「まずいご飯」だと食べた後にやる気が出ないのであまり稼げません。
それでもコツコツとお金をためていると、上位互換である「ふつうのご飯」が買えるようになります。「ふつうのご飯」を食べるとやる気が出て、以前よりもっとお金が貯まるようになります。
そうしたらさらに上位互換である「おいしいご飯」が買えるようになります。「おいしいご飯」が買えるようになってからしばらく経つと、もはやご飯なんていくらでも買えるってくらい稼げるようになり、これまで食べていたランクが下のご飯の存在意義はなくなります。
もうご飯で悩むことはなんにもありません。ご飯問題は解決されたのです。ご飯は「おいしいご飯」だけを食べていたらいいのであり、今後はご飯以外のことに全エネルギーを向けることができます。
現実には無数の選択肢
しかし現実世界ではこうはいきません。
食べ物の選択肢は無数にあって、値段の高いものが絶対に安いものの上位互換というわけでもありません。
さらに情報が多すぎます。「これがいい」と言われた食生活を信じて続けていたら、一年後には「あれがいい」と全く違う情報が出ています。信頼できない情報であればさらに多く、毎日のように新しい情報が出てきます。
何を選んでも期待しているほどすぐには結果が出ないので、自分の体で試すことにもエネルギーが必要になります。食生活に気を遣い始めた頃なら新鮮で楽しくもありますが、いろいろ試しているうちに疲弊してしまうのです。私も食生活に関しては今では若干、思考停止しているかもしれません。
他の人は日々何を考えて食べているのか
周りの人たちの食事を見ていると、思い思いに毎日いろんなものを食べています。それは楽しそうだし、美味しそう。
彼らにとって毎日「何を食べようか」「何が食べたい」と考えるのはきっと当たり前すぎる日常のことなんだと思います。
食べたいものが具体的に思いつかない
私は特に食べたいものが思いつかないし、同じものを毎日食べていてもけっこう平気です。たまに何か食べたいと思う自分に気付いても、それを自分で作るという発想には至らないし、外食欲もあまりありません。
それなのに人並み以上に食欲はあるので、買い物に行くこともあります。買い物カゴを持って食品の陳列棚の前をウロウロ、ウロウロ。食べたいものが思い浮かばないから選べないのです。長い時間をかけて何も買わないことがあったり、選べないので選択肢に入ったものを全て買ってしまったりすることもあります。ですから食べ物の買い物は避けるようにしています。
飲食店に入ったときは選ぶのに時間をかけていられないので、選択肢に入ったものの中からフィーリングでささっと選びます。それでたいてい満足します。なぜこれがスーパーでできないのか…。(飲食店で鍛えられたのか、最近ちょっとマシになった気もします。)
何を食べても「普通に」美味しい
美味しいものが食べられればそれはナイスなことですが、私はケの食事は質素でも全く問題がありません。普段が質素だからこそ、ハレの日の食事に感動します。
というか何を食べても「普通に」美味しく感じます。100円の回るお寿司も、高いお寿司も美味しい。600円のハンバーグも6000円のステーキも美味しい。むしろ600円のハンバーグの方が好き。とはいっても素材の味がしないほどに化学調味料がたっぷり入ったものは口に合わないことが多いです。
それでも1年に1,2回くらいは感動するほど美味しいと思うものに出会います。それは薄味で素材の味がよく分かるものだったり、食感が好みのものだったりです。
食事が誰かによって用意されるのが理想
毎日食事を作ってくれる人がいれば、精神的にも健康に生きていけます。作ってくれた食事を見ることや、それを食べることが毎日の楽しみに追加され、よりハッピーな日々を過ごせるでしょう。
私が自分で三食を用意するようになると、麦飯と卵とマルチビタミン&ミネラルのサプリメントしか口にしませんから。
食は宗教
何をどれくらい食べるか、何を食べないかなどは宗教と同じだと思っています。どれが一番正しいのかは誰にも分かりません。
なんらかの食生活の宗教に入信した人は、自分が選んだ食生活(宗教)が一番正しいと思っているはずです。
「毎日カップラーメンだけを食べましょう」なんてとんでもないものでなければ、信用できそうな食生活の情報はどれを選んでも健康的にはある程度正しいと思います。
自分がデメリットを被ってでも食べたいものがあるのなら、そんな食生活を選ぶのもありでしょう。
他人のことには口を出さず、自分が良いと思える食生活を続ければいいと思います。
完全食の魅力
COMPのような完全食がもっと普及し、安く手に入るようになれば食事のことなど考えずに、安心して他のことにエネルギーを回すことができます。
許容できる範囲のコストで人並みの健康が約束されていれば最高です。あとはそこに気分次第で自分で選んだ食べ物をプラスしていきます。
必要最低限の食事をしている
私は食事に関するどの情報も選択しきれていません。
だからお菓子やソフトドリンクといった、誰が見てもあんまり体に良くないと思われるものを食生活から省き、押し麦や卵(卵は完全食とも言われます)など昔から存在する優秀そうな食べ物をメインに据え、意味があるのか分からないマルチビタミン&ミネラルのサプリメントで精神的に保険をかけるといった、必要最低限の食事をこれからもしていくのだと思います。
また新たな奇抜な食生活に魅せられるまでは。